圧倒的社不な私が20代のうちにやってよかったこと3つ。
タイトルのとおり、わたしは圧倒的に社会不適合である。
まず、出勤とかができない。
決まった時間に決まった場所に毎日行くとか、もう無理。朝も起きれず、大学の授業は2限ですら間に合わなかったので、1,2限の授業はだいたい落としていた。
バイトも続かなかった。家から徒歩3分で行けるしゃぶ葉のバイトに受かったのに、最初の研修で分厚いマニュアルを渡されて「あこれ無理やつだー!」となり研修1回目で辞めた。おかげでその後しゃぶ葉には行けなくなった。(お前が悪い)
あとはそうだな、高級旅館のバイトで、正月に「汁なしのお雑煮」を出してしまいガッチガチの餅を客に食べさせたり、ウーバーイーツの配達員をしていたときは、ウーバーの配達用のリュックを家に忘れて、手ぶらで配達したこともあった。
こんなやつ、どう考えても社会でまともに生きていけるわけがない!!とぼくが一番思っているが、なんだかんだで学生時代に起業して無事6年生き残っていたり、読者数2万人のメルマガの運営をしたり、26歳でFIREできるくらいになったり、海外移住ができたり、社不なりにそこそこ最適化した生き方ができていると思っている。
そんなぼくが、20代のうちに「これはやっておいてよかったなー」と今振り返って思うことを3つほど厳選してみたので、参考になればうれしいです。
1. 起業する
いきなりゴリゴリのポジショントークやなと思われるかもだけど、でも本当に、心の底から、起業してよかったなと思っていて。
なんて言っても、もはや自分の20代は起業でできていると言っても過言ではない。
これは、ぼくがたまたま起業して一定上手くいったから言ってるとかではなくて。仮に失敗したとしても、起業は20代のうちにすべきだと思う。
(今あなたが20代じゃなくても、いますぐすべきだと思う)
と言っても、別にぼくみたいに大学を休学して、新卒カード捨てて起業一本で生きるとか、そこまでしなくていいと思うし、いまあなたが会社にお勤めなのであれば、別に会社を辞めて起業しろと言いたいわけじゃない。
ここでいう「起業」とは、「自分の力で、お金を稼ぐ経験をする」という意味でとらえてほしい。
ただしくいうと、「ビジネスモデルを0から作る経験」を、できるだけ早くしておくといい。
はい!じゃあー、今からビジネスモデルを作ってくださーい!…と言われて、できますか?何からどう動き、どんな手順で、何をすればいいか、パッとイメージがつきますか?
おそらく、99%の人はできないはず。
そりゃあ、やったことないし、そもそもやる必要性もわからないし、とかとか言い分もあるでしょう。
でも、バイトも会社員も、みんな「誰かのビジネスモデルの上で働いている」わけです。
それなのに、ビジネスモデルというものをよく理解せず、「なんかよくわからんけどこの仕事をしたら月給20万円もらえるらしいゾ!」みたいな浅すぎる解像度で「仕事」というものを日々行なっているって、冷静にやばいと思いませんか?
なぜ会社はバイトや会社員であるあなたにお金を払えるのか?なぜ言われた通りに働くだけで、給料がもらえるのか?
その答えはすべて「ビジネスモデル」が鍵を握っている。
ビジネスモデルを一回自分で0から作る経験を積んでおくと、世の中の仕組みとか、会社の仕組みとか、「どうすればお金を生み出せるのか?」という資本主義の根本みたいなとこが身体で理解できるようになる。
これは、この資本主義社会を生き抜く上で、これ以上ない財産になっているなといまになって思います。
本を読むとか、誰かの話を聞くとか、YouTubeで学ぶとかと、「自分で実際にやってみる」の差は、とんでもなく大きい。
同年代のほとんどの人はビジネスモデルなんて理解していないし、作るなんてもってのほかなので、周りと差をつけたいぜー!と思っている血気盛んな学生とかにもおすすめ。
あ、ちなみにこれは、あくまでビジネスモデルを作ってみようという話なので、メルカリで不用品を売ってみる!みたいな話ではないからね。
あれはただ出品するという行為をして稼いでいるだけで、ビジネスモデルを作っているとは言えないので。
商品を用意し、売れる導線を作り、人を集める。
この一連のプロセスを作り、円滑に回る仕組みを構築すること。
これを早いうちに経験しておくと、いつでもお金なんて生み出せる。という確固たる自信が芽生えてくる。それはきっと、作ったビジネスモデルで稼いだ額以上の財産になるはず。
あと、起業すると社不とか関係なくなり、自分でルールを作る世界になるので、そういう意味でも生きやすくなったなと思う。
2. 海外に1年以上住む
再現性があるかどうかはともかくとして、20代でやってよかったことの1つとしてこれはやっぱり外せない。
ぼくは25歳のときに、「タイランドエリート」というビザをとって、タイのバンコクに1年移住し、その後26歳のときに、同国パタヤというリゾート地に移っていまも住んでいる。
ただそれまで、海外に住みたいとかは、正直そんなに考えたことはなかった。
だって、日本っていい国だからさ、やっぱり。
ご飯も美味しいし、治安もいいし、言葉も通じる。わざわざ日本から出る理由がないというか。
ただ、人生経験として1度くらいは日本を離れてみるかと思い、思い切って海外移住をしてみたんだけど、自分でも驚くほど価値観が変わったなあと思う。
また別の記事で、海外移住してどんな変化があったかはまとめようと思うんだけど、端的にいうと「日本という国と、日本人という人種をメタ認知できるようになった」というのが個人的に大きな変化だった。
伝わりづらい表現をしちゃったので、わかりやすくいうと「日本って海外から見てどんな国なのか」というのがわかったり、「『日本人である自分』という認知」が芽生えたり、「日本人って海外から見てどんな評価なのか」というのを肌で感じられたり。そんな変化があった。
よく聞くじゃん。日本人は働き者だーとか、真面目で働きすぎだーとか。日本は礼儀正しい国でーとか。
たしかにそうなんだけど、これを聞くのと自分が現地で感じるのとじゃあ、インプットの質がまるで違う。
わざわざ自分で海外に行かなくても、旅行系YouTuberの動画を見れば現地の映像はいくらでも見れるし、旅行系noteを読めば、現地で何を感じられるのかもだいたいわかる時代だから、より行く必要性を感じられないかもしれないけど、画面の中の世界と、画面の外の世界は、同じようみ見えてまるで別物なんだよ。
そして、世界は見る物じゃなく、体験するもの。
で、行くなら1年以上は行くべき。
あくまでN1としての経験談ですが、1年くらい住んでようやく、自分の変化が感じられるようになった気がするので。
半年とかだと、たぶん普通にちょっと長めの海外旅行くらいな感覚で終わる。
3. 両親と旅をする
両親と対等な大人同士として、関わり合える期間って、たぶん10年〜20年くらいしかないパターンが多いと思う。
自分が20代の時、両親は50代。自分が30代の時、両親は60代。自分が40代の時両親は70代だけど、その頃にはおそらくかなり衰えていて、もう旅行とかは気軽に行けなくなっているはず。
うちの家系はわりと早死で、ぼくが大学生の時に祖父祖母は全員亡くなっているので、それを考えると両親と旅行に行ける機会なんていうのは、もう残り10年くらいしかおそらくないわけで。
大人同士として対等に話をしたり、ここは奢るよと言って、お互いにお金を出し合ったり、たくさん歩いて、たくさん移動して、朝食ビュッフェをしっかり食べて。
そんなことができる時間は、ほんとうに、わずかしかない。
旅行って体力かなり使うからね。
ぼくは昨年2回、両親と海外旅行をしたのですが、あと何回行けるんだろうと考えながら過ごしていて、今年もどこか連れて行けたらなと、考えたりしています。
もちろん、家庭にはいろいろあるから両親とそんな関係性じゃない、という人もいると思う。
ぼくがたまたま良い両親のもとに生まれたというだけで、たまたま運が良かったから、いまこんなことを考えているだけなのかもしれない。
でも、もし両親が死んだ後になにか後悔しそうだと思うのであれば、お互いが対等な大人として関われるいまのうちに、旅行でもそうじゃなくても何かしておくといいのではと思います。
ぼくは祖父祖母が亡くなった時、何もしてあげられていなかったことにとても後悔をしたので、同じ後悔はしないようにしたいなと思ってます。
一旦そんな感じかな。
ほかにもある気がするので、また思いついたら書きます!
ではでは!